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[S5] フェロー講演

9月18日(日) 10:30 - 11:30 会場:レクチャーホール(フロンティア応用科学研究棟2階)
    言語・非言語コミュニケーションの基盤機構と発達原理
    乾 敏郎(追手門学院大学・京都大学)
    [視覚研究から予測の研究へ]
     David Marr(1980)によって視覚の機能が「2次元網膜像から外界の3次元構造を推定する」こと(一般的には、得られたデータからその原因を推定するという逆問題)であると明示的に示されて以来、人間の視覚研究は大きく進展した。この思想は標準正則化理論、さらにマルコフ確率場理論(階層ベイスモデル)によって定式化された。1990年に我々は「大脳視覚皮質の計算理論」を提案した。これは大脳の領野間に双方向性結合が存在することに着目し、視覚過程の順逆変換を何度か繰り返すことによって正しい外界の構造推定が可能となるという理論であった。また、視覚系における一般的な学習則である交差共分散学習仮説を提案し、見た対象を内的に再現できるように脳の学習が進められていると考えた。このような研究を通じて予測機能が重要であることに気づき、1997年に「心の必要条件」についての仮説を提案し(詳細は2004年)、これが自身のその後の研究に大きな影響を与えた。

    [予測からコミュニケーション機能へ]
     1998年、順逆変換を中核とする言語獲得と理解に関する基本的な仮説「運動系列予測学習仮説」を提案した。さらに2010年に発表した単文理解(統語的ユニフィケーションと長連合線維を通じたθ同期)および複文理解(中心埋め込み文の処理におけるシフト・更新・抑制)のネットワーク仮説は、現在、仮説を支持する生理学的データが得られつつある。また2007年に心的イメージ操作に関するモデルを提案したが、2015年に正しいことが生理学的に確認された。

    [現在とこれから]
     2009年、我々はカルマンフィルタ様の処理を基礎とした手の運動制御に関する脳内ネットワークモデルを提案した。現在、このモデルは他者の心的状態推定機構(逆強化学習機構)と結びつきつつある。一方、感情は内臓感覚情報(情動情報)の予測信号であると言われるが、上記の予測制御が他者感情推定機能や視点取得機能のモデル化にも繋がりつつある。また自閉症スペクトラム障害のさまざまな症状を説明可能な病因論的モデル(神経管閉鎖時期直後の脳幹の橋形成異常と母子におけるオキシトシン分泌異常)の構築も進めている。

     本講演では、これらの研究がHelmholtzの無意識的推論やHelmholtzの自由エネルギーの概念の延長にあり、感情を含む言語・非言語コミュニケーション機能およびその障害に関する脳内機構がHelmholtzプロジェクトとも言うべき構想の中で明らかにされつつあることを紹介し、今後の展望を述べる。