オーガナイズドセッション
今大会においても例年同様にオーガナイズドセッション(OS)を行います。(注)一部OSのプログラムにつきましては追って掲載いたします。
【量子論・量子確率論に基づく人の学際研究の可能性】─ 公募なし
- オーガナイザ:布山 美慕(立命館大学),入來 篤史(理化学研究所)
量子論の黎明期から、観測効果や不確定性に注目する量子的なこころのありようについて多くの概念的・理論的な示唆がされてきた(Busemeyer & Wang, 2015)。認知科学や心理学の多くの研究は、一般に古典確率論に基づくモデルを用い、あるいは古典物理的な因果性を前提に、心の働きについて考えてきた。一方で近年、量子確率論に基づくモデリングによるより広いクラスの状態の記述や観測の効果の検討、量子物理における“実在”のあり方の再検討と同様に直感的には理解できない心のあり方について、科学的研究が進められている。 2021年の認知科学会大会では量子確率論を用いた認知研究の一つである“量子認知”(Qauntum cognition)研究の基礎に的を絞ったオーガナイズドセッション「非可換確率論を用いた認知科学(量子認知)の基礎と展開可能性」を開催した。今回のOSでは、この前回のOSを発展させ、より広く、量子論・量子確率論に基づく人の学際研究の可能性について議論を深め、こころの新しい可能性の探究につなげたい。たとえば、個人および社会を対象とする量子確率を用いた認知研究の可能性、人の認知についての量子計算や量子機械学習の観点からの議論、量子コンピュータを用いた認知研究の可能性、哲学や人類学など関連領域からの理論的・概念的示唆、などがありうる。なお、本OSでは、量子論に単にインスパイアされた研究ではなく、反証可能性等を担保した科学的研究、あるいはそういった科学的研究へつながりうる人文的研究を対象として議論する。量子論や量子確率論に基づく認知研究にはじめて触れる参加者にとっても、新たな認知研究の示唆となることを目指す。 Busemeyer, J. R., & Wang, Z. (2015). What is quantum cognition, and how is it applied to psychology?. Current Directions in Psychological Science, 24(3), 163-169. |
【創造性の概念と偏見:日本人の創造性神話とは?】─ 公募なし
- オーガナイザ:石黒千晶(聖心女子大学),清水大地(神戸大学),山川真由(名古屋大学)
創造性とは何だろうか。創造性の定義は研究者にも難しい課題であり、長年議論されてきた。しかし、私たちは創造性の研究をしていなくても、例えば「どのような人が創造的か」などと聞かれると具体的なクリエーターの顔が浮かんだり、人の特徴を答えたりすることができる。こうした創造性にまつわる概念は日常生活の中での会話、書籍やニュース、ウェブサイトなどから蓄積された素人理論(lay theory)と考えられる(for review Ritter & Rietzschel, 2017)。素人理論の中には本人の経験や科学的知見に整合しないものもある。これらの信念は創造性神話と呼ばれ、人々が創造性を発揮するための選択を妨害するおそれが指摘されている(Baas et al., 2015)。こうした創造性神話はどのように形成されるのだろうか? 本OSでは創造性に関する素人理論が形成される背景として、教育や、社会や文化がどのような役割を果たしているかについて議論したい。素人理論や偏見、帰属の誤りなどの研究は認知科学に蓄積があるが、それらを創造性という現象に当てはめた場合、どのような可能性が考えられるだろうか。特に、日本の文化や環境で創造活動の主体になること、創造活動を消費したり、評価する客体になることの意味を考えたい。創造性神話は2000年代に、創造的天才の信念として研究や議論が行われたテーマであるが、現在はより多くの神話が指摘されつつある(Benedek et al., 2021)。それぞれの神話に関して、他の研究分野の知見を融合して新たに捉え直す必要がある。正誤に関わらず、創造性に関する信念は、個人や集団の創造主体としての営み、創造物を消費、評価する客体としての営み両方に良くも悪くも働きかける。その遠いようで強力な働きを、本OSを通じて議論したい。 |
【プロジェクション・サイエンスの派生と展望:あらためて問う、プロジェクションとは何か】─ 公募なし
- オーガナイザ:久保(川合)南海子(愛知淑徳大学),岡田浩之(玉川大学),開一夫(東京大学)
2016-2023年の大会でプロジェクション・サイエンスに関するオーガナイズド・セッションを開催し、たいていは参加者数が100人を超えていたことからも、本学会におけるプロジェクション・サイエンスへの関心は高いことがわかる。しかし、2023年3月にプロジェクションの提唱者である鈴木宏昭氏が急逝された。これまで鈴木氏が牽引してきたプロジェクション・サイエンスであるが、今後もこの新たな研究分野を広く普及していきたい。そのためにはこれまでプロジェクションと縁のなかった研究者とともに議論し、プロジェクション・サイエンスの派生と展望につながる機会を設けたいと考える。 「心的表象がいかにして世界の中の何かを『意味する』ことができるのか」ということは、認知科学の重要な問題の一つである。これまでにもさまざまな認知モデルが提案されてきたが、プロジェクションは、主体が積極的に世界に意味を与えるという、内から外への能動的な認知プロセスを強調する点で従来の認知モデルとは異なる。これまでの議論では、プロジェクションという概念を用いてさまざまな認知現象を説明してきた。本OSでは「自分がこれまで研究してきた〇〇とプロジェクションにはこのような関連があるのではないか」という、プロジェクションの新たな捉え方を提唱する。2023年12月に刊行された認知科学誌の鈴木先生追悼特集において上記のような内容を寄稿された方や、プロジェクションと関連すると考えられる研究をされている方に登壇いただき、それぞれの見地からプロジェクションについて議論することで、プロジェクション・サイエンスの派生と展開を図る。 |
【認知科学研究は人工知能研究に「借り」を返せるか?】─ 公募なし
- オーガナイザ:本田秀仁(追手門学院大学)
佐伯胖が1986年に出版した「認知科学の方法」は認知科学研究を進める上で様々な示唆を得ることができる書籍である。認知科学者が広い意味での研究について語る時、この書籍が頻繁に触れられることからも、その内容が今なお色あせていないことがわかる。 この書籍の中では人工知能についての論考も述べられており、「5.2 人工知能をどうみるか」の中で(当時のAIブームに触れながら)、 人工知能と認知科学の関係性に焦点をあてている。佐伯は、“認知科学と人工知能研究は気楽に貸し借りをする友人関係のようなもの”、“一方が他方のためにあるというわけではないし、それぞれが全く独立というわけでもない”、 “一方が他方を「参考にして」注意をむけ(配視して)、「こういうことに注意すべきだった」とか、「そういうことが重要な課題だった」ということを学びとるのである”(p.193)と述べ、互いの交流によってそれぞれの分野が多いに発展してきたことを述べている。一方で、“残念ながら従来は人工知能からの「借り」が認知科学の方に少し多いようだが”との見解を述べていた(“認知科学者が奮起してくだされば「借り」を返せるだろう”とも述べている)。 佐伯の論考から30年以上の時が過ぎ、認知科学研究、また人工知能研究を取り巻く環境は激変した。このような状況の中で、R.Suttonが2019年にweb上で発表した論考に注目したい。Suttonは、人工知能研究において、知識の構築などの人間中心のアプローチが短期的には うまくいっても、長期的な停滞をもたらしてきたこと、そして画期的な進歩は最終的には探索と学習に関する計算量を増やすことによって達成されてきたことを“苦い教訓”(bitter lesson)として述べている。Suttonの“苦い教訓”は佐伯が指摘した「借り」が認知科学の方に少し多い状況が30年以上も変わらない可能性を示唆している。さらに、GPTをはじめとする人工知能研究が人間理解に大きく貢献しそうな可能性を考慮すると、その「借り」はさらに大きくなっているかもしれない。 もちろん、このような見解を否定的に捉えることもできる。人間のように効率的に学習し、優れた直観を有するAIを実現するために、認知科学研究は今後大きく貢献する可能性がある(Lake et al. ,2016)。また、「人間のようなAI」という直接的な視点ではなくとも、人工知能研究者が認知科学研究から知りたいと思っていること、特に認知科学研究者が気づいていない点が数多く存在する可能性もある。 以上を踏まえ、本OSでは人工知能領域で研究を推進している研究者、および人工知能と認知科学の両領域にまたがるトピックで研究を進めている研究者に、ご自身の研究を紹介いただき、幅広い視点から関連研究について議論する場を設ける。これにより、認知科学者が自身の研究を人工知能研究への貢献という視点から再考し、人間を理解することの意味について考える場を提供することを目的とする。 文献 Lake, B. M., Ullman, T. D., Tenenbaum, J. B., & Gershman, S. J. (2017). Building machines that learn and think like people. Behavioral and Brain Sciences, 40, 1–72. 佐伯 胖 (1986). 認知科学の方法 東京大学出版会 Sutton, R. (2019). The bitter lesson. http://www.incompleteideas.net/IncIdeas/BitterLesson.html 登壇予定者(50音順) ・ 香川璃奈(産業技術総合研究所) ・ 佐藤有理(お茶の水女子大学) ・ 馬場雪乃(東京大学) ・ 松井哲也(香川大学) |
【多感覚認知科学】─ 公募件数:2件
- オーガナイザ:田中章浩(東京女子大学),小川浩平(名古屋大学)
多感覚知覚や多感覚統合というと知覚の実験心理学的研究のイメージがあるかもしれないが、実際にはありとあらゆる認知プロセスの基盤になっていると考えられる。本OSでは、認知科学全体に寄与できる「視点」としての多感覚認知科学を提案し、自己、感情、HAIなどの認知科学における重要なトピックについて多感覚の視点から研究している研究者に話題提供してもらう。 認知科学会では「多感覚」という用語を使わずに、でもじつは多感覚の視点から研究している研究者がたくさんいると思われる。「多感覚」「マルチモーダル」などの用語の使い方も多様で、単に視覚・聴覚・触覚などいろいろな感覚情報を活用しているという意味でマルチモーダルと言っているケースもあれば、感覚間相互作用によって単一感覚では実現不可能な何かに言及しているケースもある。公募発表も含めてそうしたさまざまな立場の研究者が一堂に会することで新たなコミュニティが形成され、多感覚の視点からの議論が活発になれば有益であるし、オーディエンスにも認知科学における「多感覚」の視点を意識してもらえるきっかけになればよいと考えている。 当日はオーガナイザーによる趣旨説明の後、以下の通り、話題提供3件、公募発表2件、最後に総合討論を予定している。登壇予定者と話題提供テーマ(仮)は以下の通り予定している(講演タイトルは別途アナウンス)。 ・田中章浩(東京女子大学) 感情と多感覚 ・嶋田総太郎(明治大学) 自己と多感覚 ・小川浩平(名古屋大学) ロボット・HAIと多感覚 ・横澤一彦(筑波学院大学) 総合討論 |
【ローカルエコーチェンバーのステアリングに向けた認知研究】─ 公募なし
- オーガナイザ:森田純哉(静岡大学),大本義正(静岡大学),竹内勇剛(静岡大学),遠山 紗矢香(静岡大学),市川淳(静岡大学),高口鉄平(静岡大学),遊橋裕泰(静岡大学)
インターネットの発展に伴い、メディアに流通する情報への信頼が揺らいでいる。この信頼の揺らぎに対して、様々な分野から警鐘が鳴らされている。マクロ社会的な観点からは分極化、よりミクロな観点からはエコーチェンバー、経済的側面からはアテンション・エコノミー、技術的な影響からはフィルターバブルなどの言葉が用いられる。関連して、フェイクニュースや陰謀論などの言葉も耳にするようになった。本学会において重要なことは、これらの言葉が指し示す現象が、いずれも人間の認知システムと情報技術の関係を起点とすることである。ただし、こういった認知システムが社会に及ぼす問題への処方に認知科学が果たす役割は、これまでそれほど大きいものではなかった。本オーガナイズドセションでは、情報流通への信頼の揺らぎに対する認知科学的なアプローチを提示することを趣旨とする。このアプローチに立つオーガナイザらの研究(ローカルエコーチェンバーをステアリングするトラスト調和メカニズムの認知的検討、R5年度RISTEX採択課題)、および関連するプロジェクト研究を提示することで、急激に進展する情報社会の舵取りを担う認知科学の役割を学会メンバーと議論する。
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【異文化接触状況における食と文化:固有性・共通性・翻訳可能性・翻訳不可能性を考える】─ 公募件数:2件
- オーガナイザ:伊藤 篤(中央大学),平松 裕子(中央大学),福留奈美(東京聖栄大学),高橋善幸(料理マスターズクラブ)
2023年5月、新型コロナウイルス感染症の位置づけが「新型インフルエンザ等感染症」から「5類感染症」へと移行し、コロナ禍が開けた。 これに伴い、「旅行・観光消費動向調査2023年7-9月期(速報)」によれば、2023年7-9月期の日本人国内旅行消費額(速報)は6兆2,899億円にのぼる。これはコロナ禍前の2019年同期比では6.0%減少しているが、前年同期比では15.7%の増加となった。 また、インバウンドを見ると、訪日外国人消費動向調査(観光庁、2024.1)によれば、2023年暦年の訪日外国人旅行消費額(速報)過去最高となった。 ● 訪日外国人旅行消費額(速報)は5兆2,923億円(2019年比9.9%増) ● 訪日外国人(一般客)1人当たり旅行支出は21万2千円(2019年比33.8%増) 費目別に訪日外国人旅行消費額の構成比をみると、宿泊費が34.6%と最も多く、次いで買物代(26.4%)、飲食費(22.6%)の順で多い。 訪日外国人(一般客)1人当たり旅行支出は21万2千円(2019年比33.8%増)である。 別の観点では、訪日ラボの調査(https://honichi.com/news/2021/05/17/monokoto/)によれば、インバウンド市場では、日本製品に価値を見出す「モノ消費」から、その製品やサービスから得られる体験に価値を見出す「コト消費」へのニーズが高まっている。コトを楽しむようになった背景として、訪日観光客におけるリピーター客の増加が挙げられている。 観光庁が2016年~2019年に行った調査によれば、観光レジャー目的の訪日回数が2回以上の「訪日リピーター」の割合は、2019年は2016年から約1.6倍に増えている。また観光庁が発表した、訪日外国人の消費動向に関する2019年の年次報告書によれば、来訪目的の1位は96.6%で「日本食を食べること」となっている。 これに対して、ショッピングは「今回したいこと」では82.8%であるものの、「次回したいこと」では42.9%へと下がっている。別の言い方をすると、モノ消費への欲求はオンラインで解消され、実際に日本を訪れなければ満たされない、体験や経験といったコト消費への欲求が高まっていると言える。 このことから、これまでのような、観光名所やお土産品のリスト的な情報提供ではなく、より感情や欲求に訴えるような「日本食」や「日本ならではのお土産」に関する情報提供が必要となってきていると言える。 しかし、提案者のこれまでの調査では、日本のメニューを外国語(主に英語)に変換した場合、少なからぬ割合で、意味がつたわらなかったり、間違った情報になる場合が見られている。 東京都多言語メニュー作成支援ウェブサイト(https://www.menu-tokyo.jp/menu/)のようなサービスを使えば、簡単に外国人客向けのメニューブックを作成できるようになった。しかし、日本語の料理名の翻訳には限界があり、追加情報をどのように店側が提供できるかによって、料理を通して伝えられる食文化的情報の質や量が変わってくることが予想される。 別の観点では、情報収集のストレスの軽減も課題である。株式会社旅工房が2018年に全国の20~40代600名の女性を対象として「旅行計画」実施した調査では、旅行計画における情報収集の実態やそれに伴うストレス、またより良い旅行をするためのニーズについての調査によれば、以下のようなことが分かった。 まずは約7割の人が旅行の「計画疲れ」に悩んでいる。「旅行の計画を手間がかかる、難しいと感じたことがあるかについては、ある(24.5%)、どちらかといえばある(46.0%)と回答している。 また、その原因は、1位:情報や選択肢が多いため(66.7%)、2位:すぐに好みの情報が見つからないため(52.5%)となり、情報や選択肢が多い程、旅行の計画にもストレスを感じている「計画疲れ」の実態がある。 これは国内での調査であるが、インバウンドに関しても同様、また、それ以上のストレスがあることが想像される。 このような疲れを解消し、情報に対する納得感をもたらす方策として、提案者はナラティブの導入を調査しており、現在、その効果を調査している。 認知科学とICTを融合した新しい観光案内サービスのありかた、特に、食とそれに関する情報提供に焦点をあて、議論することを目的に、本OSを提案する。 ・ 本大会のOSとして開催する意義 COVID-19後は、これまでの、新奇性を求める観光だけでなく、「もの」から「こと」へと、観光の主眼が変化している。また、特にインバウンドでは食べものに関する興味が高まっている(96.6%)。 このような状況で、これまでの、項目羅列的な情報提供では十分でなく、情報検索疲れにつながっているという問題点がある。 そこで、これまで以上に旅を楽しんでもらうにはどうしたらよいかについて、認知科学の知見を踏まえて検討する必要がある。 例えば、以下のような論点がある。 *日本の地方の伝統食に関する観光情報は、これまで流通しているガイドブックやインターネット上の情報には含まれていないものが多いが、それらの情報を、どのように提示するのが良いだろうか? *情報提供において、ナラティブは、どこまで有効だろうか? *言語景観の観点から、メニューや道案内の標識はどのような表示をするのが良いだろうか? *未だに残る福島の風評被害、今後心配される北陸の風評被害に関しては、どのような対応をすればよいだろうか? そこで、これらの検討結果や海外での事例検討も含め、認知科学とICTを融合した新しい観光案内サービスのありかたについて議論することを目的に、本OSを提案する。 オーガナイザは、これまでに開発したり調査した内容を元に、写真、動画、アプリデモなどの事例ベースのプレゼンを行い、参加者とのディスカッションを容易にするように企画する予定である。 =================================== ・具体的な計画 =================================== ・ 発表者の構成 *提案者がオーガナイズする予定の発表者 (6名)(5件):伊藤篤(中央大学)・平松裕子(中央大学)・福留奈美(東京聖栄大学)、高橋喜幸(料理マスターズクラブ)、原田康也(早稲田大学)、森下美和(神戸学院大学) *公募予定の発表者の人数:(2名)(2件) =================================== ・ 時間枠(120分)内のタイムテーブル
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【創造とその解釈における意味の役割】─ 公募件数:3件
- オーガナイザ:荷方邦夫(金沢美術工芸大学),青山征彦(成城大学),田中吉史(金沢工業大学),長田尚子(立命館大学),猪股健太郎(熊本学園大学)
われわれは何かを生み出し、目に見える形で表現する。DCCはそのような創発的な活動を、あるときはデザインと呼び、あるときは創造と呼んできた。われわれが何かを創り出す時、そこには創り手が付与する「意味」がある。その「意味」は、単一の意味とは限らないし、作品との関係も一様ではない。さらに、作品はさまざまに解釈することが可能である。創り手が込めた意味と同様の意味が感じられることも、異なる意味が感じられることもある。時には、作り手の意図を越えた意味が感じられることもある。意味は「解釈の補助線」として、創り出されたものの輪郭を明確にしたり、さらにその世界を拡張するものとして機能する。腐女子が原作にない恋愛関係を読み取るように、解釈する側が意味をプロジェクションすることもありえる。このように考えると、創造においても、解釈においても、作品と意味の関係は、単に伝達の機能を果たすものというものを超えた多様でダイナミックなものである。 われわれが何かを創り出す時、そこには創り手が付与し続ける「意味」の存在がある。そしてその解釈もまた創作物がわれわれに投げかける意味の理解に他ならない。認知科学において特に美術や音楽といった芸術は、視覚や聴覚といった知覚的要素の理解に研究の多くが割かれてきたという事実もある。しかし形であれ色であれ、あるいは音であれ、われわれが理解しているのは知覚された刺激そのものではなく、そこから導き出された印象や主題、あるいは感情の生起といった「意味づけ」を理解しているという側面は色濃い。創り出されたものから私たちが受け取っているのは意味にほかならないのである。意味を付与すること、意味を感じること、あるいは知覚されたものを意味として形作っていくこと。何かが生み出される時の意味をめぐるさまざまな議論は、創造やデザインといったわれわれの研究をさらに深めるだけでなく、人の認知というものの本質を知るためにも欠かすことはできない。 今回のOSでは、「創造とその解釈における意味の役割」をテーマに据え、意味をめぐるさまざまな研究課題に取り組むものである。創り手である作家は自らの発想をどのようにとらえ、認識可能な意味に変換しながら制作を行うのか。創作物の受け手は作品からどのような意味を受け取るのか。このように個人内で生成される意味だけでなく、それぞれが自身の周りにある世界とのインタラクションによって生成される意味を考えることも重要である。創り出されたひとつのものを通して、創り手や受け手の間で異なる意味が生成され、それによって創造の世界が拡張されることもディスコミュニケーションが起こることも、等しく意味の生成に伴う興味深い現象として検討の対象となろう。また、表現のジャンルによっても意味やその解釈の役割には異なる視点があるだろうとも考える。これについても検討や議論の余地は大きいと考えるのである。 そこで、本OSは創造とその解釈における意味の役割を、創り手、受け手に限らず広く考えたいと思う。そこにはどのような認知的プロセスが存在するか。どのようなインタラクションが意味の生成に関係しているのか。これらを考え深めていきたいと考える。また、OSでは、これらの問題に取り組む研究者の発表だけでなく、実際の創り手も交え、創造活動のダイナミクスのリアルに触れながらさらに深めていきたいと考える。 |
【人間と実世界のインタラクションに眼差しを向ける認知科学の方法論】─ 公募なし
- オーガナイザ:藤井晴行(東京工業大学),伝康晴(千葉大学)
○企画趣旨と概要 認知科学は、行動主義心理学が内観を否定して外からの観察が可能な刺激に対する生体の反応(行動や腺からの分泌など)の関係のみに注目する方法をとることに異議を唱える形で生まれました。行動主義心理学が関心を向けていない知覚と行為とを能動的に結びつける知を情報処理過程として理解するところから始まり、心理学、人工知能、社会学、哲学などの境界領域に位置して多様な方法論(理念、研究関心、観点、モデルや理論など)を提案し、知のさまざまな特徴を詳らかにしてきています。 本OSでは、さまざまな方法論を提唱して認知科学に取り組んできている研究者を招き、立場・主張・領域の異なる各研究者が知覚と行為とを能動的に結びつける知をどう捉えているかを披露し、議論する場としたい。 ○目的 認知科学のさまざまな方法論を、それぞれの理念、関心(明らかにしたい知)、観点、前提とするモデルや理論、研究事例などを注目して概観することを通して、認知科学の目的と現在のありようを再確認し、これからの認知科学のあるべき姿について、立場・主張・領域の違いを超えて、議論し、認知科学の学際的発展に寄与することを目的とする。 |
【大規模言語モデルと生成人工知能を踏まえた英文作成支援ツールの活用による英語の自律的相互学習 】─ 公募件数:2件
- オーガナイザ:原田康也(早稲田大学),森下美和(神戸学院大学),坪田康(京都工芸繊維大学)
近年各種の言語コーパスの拡充と自然言語技術の急速な展開により、DeepLなどの機械翻訳やChatGPTなどの生成人工知能の出力品質が向上し、英語を学ぶ者にとって充実した英語学習環境が実現しているにもかかわらず、英文作成の課題を課しても自ら英語で書こうと努力する意思が希薄化し、日本語で作成した文章を機械翻訳任せで英語にする・外部の課題作成サイトや翻訳サイトなどに依頼する・課題そのものを日本語で回答しようともせず人工知能任せで作成した回答をそのまま提出するなどの可能性と実例が問題となっている。出力結果だけを見ると英語に熟達した上位学習者の作成した文章か、機械任せの出力結果か経験豊富な教員にとっても区別がつけにくくなっていることもあって、機械任せにしない習慣と態度を学習者一人ひとりが身に着けることで人工知能の特異点を超克する必要性が生じている。 本OSの目的は英語学習、特に文章作成課題について、生成人工知能・大規模言語モデル・言語コーパス等を活用した英文作成支援システム使用を通じて学習者が相互に協力して学ぶ自律的相互学習の態度を養い、あわせて産出する英文の質的向上を図ることについて、自然言語処理と英語教育の研究者が認知科学の観点から意見交換を行うことである。 英語教育の観点から、英文作成についてある程度の流暢性を獲得して CEFR で B1-B2 と判定される学生であっても、コロケーション(語の共起)についての知識と経験が乏しく、母語話者ではあまり使わない big accident のような組み合わせを選んでしまうという傾向について Morishita, Harada, Chang(2023)の発表を紹介し、市販の grammarly などと比べ、 國立清華大學 で開発した Linggle-W の方がこのような不適切なコロケーションを丁寧に拾う(Harada, Morishita, Tuang, Chang(2023) ことを紹介し、こうしたツールをどのように活用するか英語教育の現場の観点から検討する。 |
【このまま死ねるか(2):オントロジー開発で研究と生活を支援する】─ 公募件数:2件
- オーガナイザ:小橋康章(無所属の非職業的研究者),青山征彦(成城大学社会イノベーション学部)
高齢の研究者が若い研究者と自然にインタラクトし、彼らとの対比において自らの特性を認識しつつ、意義のある研究と生活を続けられる方法として、大掛かりな装置や組織を必要としない認知科学辞典(正確にはオントロジー)の編集という活動の再構成を試みたい。このためにはそもそも「研究とはなにか」の再確認が必要であり、必ずしも学術雑誌向けの研究論文にまとめられるとは限らないデータやアイデア、とりわけ高齢者がその世界を内側から見て初めて得られる類のそれらを他の研究者や一般社会と共有し議論する方法、手段の検討が必要である。 【OSの目的】 このため2005年の「認知科学」第12巻の特集以来大きな進展が見られない「認知科学オントロジー」拡張の再開のきっかけを探りながら、オープン市民科学を提唱する橋田浩一氏に「パーソナルAIによる人生の最適化」について、また実験室の中で基礎研究に勤しむ一方で、フィールド認知心理学者としてフィールドワークを行いさらには基礎心理学の面白さを世の中に伝える実践も行いつつある高橋康介氏に「研究を世に放とうとする知覚心理学者の奮闘記」という形で話題提供をしていただき、認知科学の研究とはどのようなものなのかを改めて考えることを目的とする。 |
【人間中心から人間「性」中心デザインへ:Donald A. Normanと戸田正直の足跡を辿る】─ 公募件数:2件
- オーガナイザ:尾関智恵(岐阜大学),宮田義郎(中京大学),上芝智裕(中京大学),近藤秀樹(神田外国語大学)
認知科学を創出した一人であるDonald A. Norman先生は、2023年に”Design for a Better World: Meaningful, Sustainable, Humanity Centered(和名:より良い世界のためのデザイン)”を出版し、人間中心デザイン(human centerd design)から人間「性」中心デザイン(humanity centerd design)への転換の必要性を述べた。そして5つのデザイン原則として、人間だけでなく生態系全体に焦点をあて、相互依存関係を長期的に検討する必要と、そのためにコミュニティを構成する様々な役割を持つ人々と共にデザインする必要があると述べている。なぜそのような転換が必要となったのか。 そこで本オーガナイズドセッションでは、人間中心から人間「性」中心デザインへ転換の必要性を示すに至ったプロセスを追いながら、昨今過熱気味のAI技術との共生について検討し、参加者同士で意見交換をする機会を作る。その際、日本認知科学会を創設した一人であり、「感情」の認知科学研究の第一人者である戸田正直先生の足跡も再訪する。その理由として戸田先生は ”心理学の将来” において、多くの予想と人類の文明の危機について警告を述べており、これらはNorman先生の著書で言及している内容と重なる部分もあるのではないかと考える。 戸田先生はアージ理論で、人間の感情が進化した狩猟採集の環境で合理的であった感情や行動が、現代社会の環境では不合理となっていると論じたが、宮田(2014)は、人間中心デザインによってデザインされた現代の道具が、人間の視野を狭め、感情だけでなく学習や創造性を抑制し、結果として様々な社会問題の要因となっていることを指摘した。また宮田、杉浦、亀井(2013)は、現代のグローバルに拡大した生存基盤に対して、日常の便利で快適な環境のために狭くなった視野の間の大きなギャップを埋めるために、視野を拡張するための環境デザインについて論じた。これらは人間「性」中心デザインの原理としてNorman先生があげる「生態系への視野の拡張」と関連している。さらに、宮田、鈴木(2022)は社会問題の解決には日常生活での小さな創造的行為が有用であることを論じたが、これは、Norman先生が主張している、デザイン専門家だけでなく、人々が自ら必要なもののデザインに関わるという「デザインの民主化」と共通する視点である。そして宮田(2021)は、人類の生産活動が、人間を生態系から切り離して捉え、生態系への配慮が不足していたことにより、戸田の予測した現代の危機がもたらされたと考えられることを指摘しており、これもNorman先生の主張と一致している。このように、戸田先生の感情の研究および文明論と、Norman先生の人間性中心デザインの間には多くの関連性をみることができる。 また、戸田先生はこれらの危機を回避(遅らせるという表現をされていたが)するために、機械との共生が重要になると言及し、”心を持った機械” 等の著書やシンポジウムを通じて学際的に議論を展開してきた。AI技術が浸透しつつある現在、Norman先生のあげる人間「性」中心の視点と、戸田先生の機械との共生の視点および感情の研究とはどのように関係しているのか、二人の視点を統合することでどのような可能性が生まれるのかについて参加者と議論する中で、理解を深めたい。そのため、本オーガナイズドセッションではこの2人の先生を師事した登壇者を通じてそのエッセンスを受け取り、参加者全員で生身の身体と脳を備えた人間同士が、AIだけでなく人間もその一部である生態系も含め、互いを尊重しながら心豊かに共生していけるような未来の実現に向けた意見交換を行いたい。 またこのOSは日本デザイン学会情報デザイン研究部会との共創企画(第71回大会オーガナイズド・セッション「私たちは人間中心デザインの道を抜け、人間「性」中心デザインの原野に立てるのか」)として準備を進めており、両学会の全国大会でそれぞれ議論をする予定である。このデザイン学会のOSで一つ認知科学会コミュニティ側に問いかけを創出していただき、認知科学会OSでそれに対する回答と更なる問いかけを作り、最後は研究会もしくは論文等で総括を行う予定である。この今回の活動を起点としてAIを含めた生態系全体の共生を検討する新たなコミュニティを創る。 本セッションでは、企画者による趣旨説明および概要について口頭発表の形式で説明を行う。趣旨に関係する話題提供を口頭発表を公募を2件募り、多様な視点から議論を活性化したいと考える。そのため、ぜひ人間性中心デザインや技術と人の関係に関わる実践事例をお持ちの方は是非発表をご検討ください。 参考文献 ・Norman, Donald A(2023). Design for a Better World Meaningful, Sustainable, Humanity Centered : Meaningful, Sustainable, Humanity Centered. The MIT Press 2023/03. ・D. A. ノーマン(2023). より良い世界のためのデザイン 意味、持続可能性、人間性中心. 新曜社. ・宮田義郎・杉浦学・亀井美穂子(2013). ワールドミュージアム一志を広げる多文化異年齢コラボレーション. 日本教育工学会誌.1, 37 (3) ,299-308 ・宮田義郎(2014). 進化論的視点からみた日常のモノのデザインーグローバルに視野を拡げるデザイン原理に向けて一. 認知科学 21(1 ) . 187-200. ・宮田義郎(2021). 戸田正直の文明論の再構築:生態学的検討. 認知科学. 28 (3), 351–363. https://doi.org/10.11225/cs.2021.032 ・宮田義郎, 鈴木真帆(2022). 創造性の社会的意味. 認知科学 29(2). 281–284. ・戸田 正直 (1971). 心理学の将来. 日本児童研究所(編). 児童心理学の進歩. 335–356. 金子書房 ・戸田 正直 (1987). こころをもった機械:ソフトウェアとしての「感情」. システムダイヤモンド社. |
【芸術の認知科学は「役に立つ」か?】─ 公募なし
- オーガナイザ:三浦慎司(名古屋大学),松本一樹(獨協大学),櫃割仁平(京都大学)
芸術は、創造性、感性、社会性など人間の様々な側面と交差し、認知科学でしばしば取り上げられる研究対象のひとつである。しかし、あえて認知科学のアプローチから芸術を研究することは何に対して「役に立つ」のだろうか。回答として、ヒトの認知や行動の理解に貢献し「認知科学に対して役に立つ」ことや、芸術教育や博物館への応用可能性がある点で「社会に対して役立つ」ことが考えられる。一方で、そもそも芸術や科学という営為が役に立つかどうかという観点から評価されるべきではないという考えもあるかもしれない。 本OSでは、研究発表者から提供される芸術に関連する認知科学研究の成果を踏まえた上で、上記の問いについて、指定討論者、発表者、そしてフロアの方々からの多種多様な見解を募り、議論を交わすことを目的とする。それらを通じて、芸術という一領域が持ちうる射程について深く掘り下げ、「そもそも人々にとって重要な、もしくは面白い研究とは何か」という全ての研究者に付き纏う大きな問いについて改めて考えたい。 |
【体験性の認知科学】─ 公募なし
- オーガナイザ:伊藤崇(北海道大学大学院教育学研究院),城間祥子(沖縄県立芸術大学),高木光太郎(青山学院大学),岡部大介(東京都市大学),郡司菜津美(国士舘大学)
私の遭遇したある出来事が、私という鐘のような存在を撞いて揺らし、その私がいまここにその出来事の持続的残響として在る。衝撃により揺すられたまま、いまここに在るという私のありようを「体験性」と呼んでみたい。 体験された内容そのものは個別具体的なものである。同じ出来事を経験したとしても体験は人によって異なるだろう。それは高木(2001)がヴィゴツキーを参照しつつ指摘する「不透明な他者」との接触を通して「生じた揺らぎによって相互に個性化」(p.176)していくプロセスと言えるかもしれない。 体験性は、これまで学習や記憶と呼ばれて研究されてきた対象に近い。生徒に何かを体験させ、必要な知識やスキルの定着の程度を測定する。体験を想起させ、状況によって記憶内容がどのように変わるのかを実験する。これらは認知科学を構成してきた研究の例である。 この発想に基づいた研究からは、具体的体験なしに知識を間接的に得ることができることも、記憶内容が事後的な介入によって変化することも明らかにされてきた。近年は、情報を記憶として物理的に脳内に移植する試みもなされ始めている。そこには、出来事との遭遇により揺すられた残響としての私は存在しない。 ここに、体験性という概念で私たちの精神機能を認知科学の研究対象として取り上げる意義がある。体験性は、認知、身体、情動を、これまでとは違った形で結び付け直す概念となりうるかもしれないのである。 研究の俎上には載らなくとも、私たち人類は特定の揺れ方が起こるような出来事を人工的にデザインする術を身につけてきており、すでにそれを実践している。たとえば学校は特定の体験をもたらすようデザインされた制度の主要な例である。 このような体験デザインの最新の例が、VRに代表されるような疑似体験を提供する仕組みである。いかにも疑似であると感じられるような体験しか提供できないならば、デザインの敗北であろう。とすれば、デザイナーは私たちが日常行う体験の本質として何を抽出し、それをテクノロジーとして実装しているのかが興味深い問題となる。 このOSでは上記の問題意識に基づいて、想起と疑似現実体験を研究している研究者から体験性について考えるきっかけを提供していただく。単に話を聞くだけではなく、オーディエンスとしての私たちが本OSをどのように体験するのかも考えてみたい。 なお、本OSは教育環境のデザイン分科会の企画として実施される。 |