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: 2. 話者交替に対する2つの立場 : 円滑な話者交替はいかにして成立するか 会話コーパスの分析にもとづく考察 : 円滑な話者交替はいかにして成立するか 会話コーパスの分析にもとづく考察


1. はじめに

複数の人間が互いに発話を交換する会話という場においては, いつ誰がどういった順番で発話するのかということがあらかじめ規定されておらず, また会話の最中にとくに明示的に示されることもないにもかかわらず, 我々は発話の交換をほぼ円滑に行うことができる. こういった発話を交換するという現象は, 成人の会話のみならず,子供の会話や動物同士の音声を介した インタラクションなどにも見られ, インタラクションにおける基本的現象であると言える.

そのため,話者の交替に関する研究は,さまざまな分野で, またさまざまな関心から行われてきた. たとえば,社会的行為やインタラクションの組織化に着目する 会話分析[Sacks, Schegloff, JeffersonSacks et al.1974,GoodwinGoodwin1981]や 社会心理学[Duncan FiskeDuncan Fiske1977,BeattieBeattie1983], 言語の持つ機能とインタラクションとの関係に着目する 談話分析や機能言語学[Ford ThompsonFord Thompson1996,AuerAuer1996], その他,発達心理学や動物行動学, 情報工学などが挙げられる[Masataka BibenMasataka Biben1987,正高杉浦正高杉浦1991,川森島津川森島津1995].

このように数多くの研究が行われてきたものの, 人間の処理モデルとして話者交替のメカニズムを探究した研究としては, Duncan77に代表されるシグナルモデルしかないのが現状である. これは,会話参加者の間での話者交替の状態に関するシグナルのやりとりによっ て,話者交替の成立を説明するものであり,一種のコードモデルと考えること ができる.しかし,コードモデルにはコード体系の獲得やその共有などさまざ まな点で問題のあることが指摘されている [Sperber WilsonSperber Wilson1986,谷谷1997,伊藤小嶋伊藤小嶋1999].

そこで本研究では,コードモデルとは異なる立場から,話者交替現象をうみ出 す人間の発話行動を説明するモデル,「自律モデル」を提案する. コードモデルは一般に話し手の意図や 聞き手の動機まで含めたモデル化を行っているが, ここではとくに意図伝達の手段としてのコード体系の問題点に焦点をあてる 1. 本稿の目的は,自律モデルとコードモデルに従って 話者の移行パターンの出現分布をそれぞれ予測し, 実データとの比較を通して 両モデルの妥当性を検討することである.

2 節では, 本研究で取り上げる話者交替の コードモデルと自律モデルについて説明する. 3 節では,分析の方法について説明する. 4 節では, 自律モデルおよびコードモデルに従って 話者の移行型の出現分布を予測し, それと実際の対話での出現傾向とを比較することで, 両モデルの妥当性を検討する. 5 節では,この結果にもとづき 円滑な話者交替が どのように実現されているかについて考察する.



日本認知科学会論文誌『認知科学』