仮説は以下の2つである.
前者の理由は,埋め込み再帰が「先入れ後出し」型の処理を必要とし,ワーキング メモリの負荷が考えられるからである.後者の理由は,第1に情報の量的な点が あげられ,この順に使える情報の量が増えるからである.第2は学習の質的な点で ある.すなわち,「読解群」は言語のみのため手続きを1次元的 (直線的) にしか 学習できないが,「読解&図解群」は図解を用いて2次元的 (平面的) に, 「読解&図解&操作群」は操作を用いて手続きを3次元的 (空間的) に学習できるから である.
なお,再帰的な手続きの表現形態に慣れてもらうために,学習時の例題として埋め込み 再帰的構造を持つ「入れ子の人形を箱Aから箱Bにつめかえる」操作の手続きを用意 した.一方,分析対象の評価課題では,アルファベットで構成されたターゲット語の 文字の操作の手続きを考えてもらうことにした.ここで,人形を1つ「箱Aから 取り出す」処理とターゲット語の中の文字を1回「削除する」処理,および人形を1つ 「箱Bに入れる」処理と削除した文字をターゲット語に1回「つける」処理が基本的に 対応するようにした (付録A.の図参照).
京都大学教育学部および文学部の大学生36名 (男性15名,女性21名).平均年齢: 「読解群」21.8歳 (20-31歳),「読解&図解群」21.1歳 (20-23歳), 「読解&図解&操作群」21.1歳 (20-22歳).3群とも男女の比率を同一に した3.
再帰概念学習方法3 (読解・読解&図解・読解&図解&操作;被験者間)×再帰タイプ2 (末尾・埋め込み;被験者内) の2要因混合計画.
Windows95を搭載したパーソナルコンピュータ (IBM製DOS/V機・Aptiva-J3A), 液晶付8ミリビデオカメラ (SHARP製VL-HL1).
1997年11月下旬に実施.
再帰概念学習用材料
練習課題および評価課題の材料
Microsoft社のVisual Basic 4.0で作成した.すべての課題は,ターゲット語と手続き がディスプレイ上に呈示され,ルールにしたがって手続きを実行し,ターゲット語を 変化させてもらう形式であった (図).手続きは,LOGOを参考に コンピュータ言語になじみのない被験者が理解可能な表現とした.ターゲット語は 英単語とした.練習課題2試行のターゲット語2語は4文字の日常的英単語とした. 評価課題10試行のターゲット語10語は,学習研究社の英和辞典 ``ANCHOR" から,5字の 名詞であること,そのうち2字が母音で3字が子音であること, 印のついた重要度 の高い単語であることを基準に選んだ (図).
練習課題は2試行で,再帰呼び出しが存在しない手続きとした.分析の対象とする評価 課題は,末尾再帰・埋め込み再帰それぞれ5試行の計10試行とした.各々の5試行は構成 要素がほぼ同じになるようにした.
手続きを行なうルールは以下の3つを用意した. 「1 20D手続きは,『手続きは (手続き名)』ではじまり,その手続きの内容は 『はじめ』から『おわり』までである」, 「2 20Dひとつの手続きは,『おわり』まで進んだときに終了する」, 「3 20D同じ手続きが複数個出てきたときは,各々の手続きを『おわり』まで 進めて必ず終了させねばならない」であった.以上のルールを練習課題と評価課題 すべてについて画面上でつねに表示した.
キー操作はアルファベット大文字入力に固定した.手続きにしたがって変化させた ターゲット語を入力し,[Enter]キーで確定するようにした.1試行が完了したと思った ら,マウスで[完了]ボタンをクリックするようにしてもらった.また,ターゲット語の 変化の履歴をつねに画面に表示した.
実験は個別に行ない,1人あたり約30分の時間を要した.3つのセッションに分けて順に 行なった (図).各セッションで随時,被験者からの質問に答えたが,実験 の核心に触れる場合は回答不可能である旨を伝えた.
第1セッションではコンピュータを用いた.実験者が課題の進め方とキー操作を説明 したあと,練習課題とほぼ同一な課題を実演して見せた.その後,練習課題2試行を 実施して被験者自身がコンピュータに慣れるようにした.
第2セッションでは,再帰概念を学習してもらった.その際,「読解群」は冊子のみ 用いることが求められたのに対して,「読解&図解群」は冊子のほかに図解を参照する ことが求められ,「読解&図解&操作群」は冊子と図解のほかに入れ子の人形を使って 操作することが求められた.どのように図解と冊子を利用したか,どのような操作を 行なったかを見るため,このセッションのみ各群すべての被験者をビデオで録画した. 学習の制限時間は5分間としたが,被験者が理解できたと申告した時点で終了した.
第3セッションではコンピュータを用いて評価課題10試行 (末尾再帰5試行,埋め込み 再帰5試行) を実施した.各試行で,呈示された手続きを正しく行ない,ターゲット語 を変化できたとき1点を与えた.綴りの入力ミスや処理順序の逸脱などで正答 できなかった場合はすべて0点とした.呈示順序は乱数表に基づいて被験者ごとに ランダム化した.各試行終了後に正答のフィードバックは行なわなかった.制限時間は 設けなかった.
実験に先立ち,「再帰」という言葉を聞いたことがあるかどうか,ある場合にはその イメージを浮かべることができるかどうかを尋ねた.その結果,聞いたことがあると 答えた被験者は36名中19名で,さらにイメージを浮かべることができた被験者は19名中 14名 (「読解群」5名;「読解&図解群」2名;「読解&図解&操作群」7名) であった. しかしながら,「再帰代名詞」や単に「戻ってくる」というイメージが大半であった. 「現在の状態を一時的に凍結したうえで,自分自身を呼び出し,それが終ったら自分の 仕事を再開する」といった本実験の本質に関わる部分をイメージできた被験者は皆無で あった.
各条件における評価課題の平均得点を図に示す. 再帰概念学習方法3×再帰タイプ2の2要因分散分析を行なったところ,再帰タイプの 主効果が有意で [, ],末尾再帰の方が埋め込み再帰より得点 が高かった.これに対して,再帰概念学習方法の主効果と交互作用はいずれも有意で なかった [, ns; , ns].したがって,「末尾再帰より 埋め込み再帰の方が評価課題の得点が低いであろう」という仮説 (A) のみが 支持された.
つぎに誤答パターンを分類した.末尾再帰は,被験者36名×5試行の計180試行中 17試行で誤答が存在した (表).末尾再帰の評価課題は, 図の評価課題1の場合,ターゲット語 (PLACE) の 「``P''を削除する」,ターゲット語に「``P''をつける」,「``L''を削除する」, 「``L''をつける」という順序で処理が進む (PLACE LACE LACEP ACEP ACEPL).ここで,「ミス」はターゲット語 を変化させる過程で,文字は正しいが削除する文字の位置,および削除した文字の つける位置が正解と異なっている場合と,位置は正しいが文字内容が正解と異なって いる場合を対象とした.カテゴリー名を「ミス」としたのは,文字の削除,追加という 処理構造の順序自体は正しく,単なる入力ミスと考えられたからであった. 「処理順序逸脱」は手続きの処理順序を逸脱した場合を対象とした.末尾再帰は誤答数 が少なく,3つの実験群の間で顕著な誤答パターンの違いはなかった.
埋め込み再帰は,計180試行中119試行で誤答が存在した (表). 埋め込み再帰の評価課題は,図の評価課題2の場合, ターゲット語 (PLACE) の 「``P''を削除する」,「``L''を削除する」,ターゲット語に「``L''をつける」, 「``P''をつける」という順序で処理が進む (PLACE LACE ACE ACEL ACELP).ここで,「``P''をつける」処理を 行なわなかった場合は,再帰呼び出しされた複製の手続きの方の処理が終わった段階で 評価課題を完了してしまい,元の手続きの途中に戻って残りの処理を行なうことを 忘れたと考えられ,「元に戻り忘れ」に分類した.一方,「``L''をつける」処理を 行なわなかった場合は,再帰呼び出しされた複製の手続きを終えなかったと考えられ, 「呼び出し終わらず」に分類した.「ミス」と「処理順序逸脱」は末尾再帰と同じ理由 で分類した.3つの実験群すべてで「元に戻り忘れ」る誤答パターンがきわめて 多かった.
最後に,全被験者の解答パターンを分類した (表).
「全試行正答」は各再帰タイプで5試行全問正答の場合を対象とした.
「途中から正答」は2試行目から5試行目の間に正答できるようになった場合を対象と
した.この場合のみ,各被験者で正答できるようになってから「ミス」の誤答パターン
が存在した場合は正答とみなした.その理由は,この場合の「ミス」では,文字の
削除,追加という処理の順序自体は正しく行なっており,それ以前の問題に正答できて
いることから単なる入力ミスと考えられたからである.これに対して,正答できる以前
の「ミス」は,処理順序を把握した上での単なる入力ミスであるのか,それとも
処理順序を把握しておらず,偶然あっていたに過ぎないのかを判別できなかったため
誤答のままとした.「混乱」は5試行中に「処理順序逸脱」の誤答パターンがあり,
安定して正答できなかった場合を対象とした.「全試行誤答」は5試行すべてに
誤答した場合を対象とした.その結果,末尾再帰では「全試行正答」者が多かったが,
埋め込み再帰では,「途中から正答」した者と「全試行誤答」した者に大きく
分かれた.
以上の結果から,再帰呼び出しにおいて末尾構造より埋め込み構造の方が得点が低く, 困難であることが判明した.
埋め込み再帰が困難な理由を,処理概念の理解の難しさと処理そのものの難しさの2点 から考察する.
第1に,処理概念の理解の難しさがある.Anderson88によれば,ある環境を 保持したまま中断しておいてまた戻ってくるというのは,日常的に経験しにくいことで あり,人間は本質的には再帰的な手続きを反復的 (iterative) な手続きに変えて 考えてしまうという.末尾再帰は,ターゲット語の文字を「削除する」,ターゲット語 に「つける」という処理が同じ順序 (直線的) で繰り返し続く.一方,埋め込み再帰は 「削除する」「つける」という処理が入れ子式 (非直線的) に出てくる.ゆえに,末尾 再帰のように反復と同じ順序で処理が進む場合にはよいが,埋め込み再帰のように処理 手順が反復と異なると正確に理解するのが困難となるのである.
第2に,処理概念が理解できたとしても,処理そのものの難しさがある.上記の ように,末尾再帰は同じ順序で処理が繰り返される.ゆえに,プッシュダウンスタック のような特別な記憶形態ではなくて,一般的な記憶形態で対応可能である.一方, 埋め込み再帰は入れ子式に出てくるので,変数状態と戻る位置を貯えながら逆の順序で 取り出すという「先入れ後出し」型処理を行なわねばならない.ゆえに, プッシュダウンスタック型の記憶形態を必要とする.「元に戻り忘れ」という典型的な 誤答パターンが得られたことからもわかるように,この処理は人間の一般的な処理体系 に反しておりワーキングメモリに多大な負荷がかかると考えられるのである.
以上から,人間の思考過程と埋め込み構造の処理過程の不一致が示唆された.また, 「現在の状態を一時的に凍結したうえで,自分のクローン (複製) に仕事を下請けに 出し,それが終ったら自分の仕事を再開する」[市川市川1993]という論理的な 再帰処理が難しいことがわかった.
つぎに,操作や図解を用いても再帰概念の理解は促進されなかった.このことから, 再帰概念の学習では,単に操作や図解を用いたり,あるいは利用可能な情報が増えた からといって再帰処理の学習促進の効果は期待できないことが判明した.ただし,実験 後の内観報告では,「読解&図解&操作群」と「読解&図解群」の全被験者が,得点 には結びつかなかったにせよ図解は再帰概念の理解に役立ったと述べていた.よって, 図解は理解の補助となる可能性があると考えられる.
実験1の問題点として,ターゲット語が有意味な語から無意味な語に変化するので当惑 した被験者が存在した点が考えられる.むしろ,はじめから無意味な語の方がよかった といえる.実験2ではこの点を改善する.
最後に,taniichi96が指摘するように,末尾再帰は誤った理解でも正答できる 点に注意しておく必要がある.
表3において,「全試行正答」と「途中から正答」を合わせて「正答」とし,「混乱」 と「全試行誤答」を合わせて「誤答」と考えると,末尾再帰の正答者34名のうち, 埋め込み再帰での正答者・誤答者はともに17名となる.再帰を正しく理解していれば, 元に戻る必要があることに気づき,末尾再帰と埋め込み再帰の両方で正答できるはずで ある.したがって,誤った再帰概念の理解で結果的に正答できた被験者が半数存在した と考えられた.前述のように「元に戻り忘れ」る誤答パターンが多かったことから, これらの被験者は元の手続きに戻り忘れた,もしくは戻ることに気づかなかったため, 埋め込み再帰で正答できなかったと考えられる.
この結果は,Kurland89およびtaniichi96が指摘する 「ループモデル」に相当する誤答パターンであり,アルゴリズムに精通していない者に おいても,再帰を誤って理解してしまうという点で重要な知見と考えられる.
以上のように,実験1では末尾構造より埋め込み再帰の方が困難であることが確認 され,その理由のひとつとして人間の思考過程と埋め込み構造の処理過程の不一致が 考えられた.しかし,その原因が埋め込み構造そのものによるものなのか,再帰的な 埋め込み構造によるものなのかは不明である.そこで,この点を実験2で検討すること にした.